【7月2日 投稿分】





高校時代の同級生で陸上部仲間でもあった久也(
シンガポール在住)に、彼にしかこたえられないことで相談したところ、ちょうど日本に帰ってきて
豊橋にも来るとのことだったので、会ってもらった!
前回会った時は
東日本大震災が起こった夏で、「日本はこの先どうなると思う?」って聞いた記憶。
久也は私がこれまで出会ってきた中で5本の指に入るくらいにキョーレツな(印象的・触発される)人。

当時の弱小陸上部(現在は名門)で
棒高跳びをやろうとして練習場を造った(名古屋での大会の時、電車にポールが乗せられなくて困っていたw)。

私が電話して、久也と声がそっくりなお父さんが出た時、留守だと言われつつ、しつこく「本当は久也だら?」と粘り続け(「違います」「え~

・・・そろそろいいじゃん!」)、結果本当にお父さんで「だから最初から言ってるでしょ」「すみません!」となった(笑)
東京大学時代、彼のダンスサークルの発表会に桑嶋くんと出かけた(帰りに寄った渋谷のパブの長椅子に
梅宮アンナがゴージャスなニシキヘビのように横たわっていた)。

東大卒業後、最初に勤めた銀行で、フェイクファーのコートにロン毛で通い、ベートーベンくんと呼ばれていた。
外資系の大手金融に勤務の頃、麻布でサルを飼っていた(名前はバブルスではなくルパン♪)

ポルシェで
豊橋にご帰還。行き先はスパゲッ
ティーチャオだった。
シンガポールに発つ前に売る前のポルシェ(2台目)に乗せてもらってオープンカーでドライヴした。
今日は、これまでの人生の目立つ部分のスキマや、久也が久也になった背景を聞けて、お互いに偏見はないものの、50歳の
今だから話せることもあるんだなあと(華やか街道だけじゃなく、苦難の時期も知っていたけど、もっと驚くような話)、ひたすらおもしろかった。
豪快なようでいて、やさしくて繊細な久也

いつか久也のアテンドで、アジアを旅したいと思います。
一度の人生、自分は自分でいいじゃん、って改めて思った(私自身も子どもたちも)。
久也、ありがとう
