8月9日 投稿分
















メインの会の写真がないです(写っている方に確認できてないので公開は控えます)

昨日は、大学時代のサークルの先輩お二人を偲ぶ会で、その代の先輩たちが温かく企画してくださり、親しい先輩でもあったので参加させてもらいました。写真をスマホからプリントアウトしたり、アルバムからピックアップしたりバタバタ準備していった甲斐もあった。
その前に、同じ学部の大好きな友達二人と長々ランチ~お茶をして、着替えて、化粧し直して(笑)、暑いしすでにエネルギー使った状態でメインのその会へ。
田舎者の私は、サークルの華やかな先輩たちが眩しくて、1年生の最初はドキドキしながら参加していたけど、それを思い出すような、不思議なことに、みなさん年を重ねているのに、35年前!にすぐに戻れるのだった。
再会できたみなさん、ありがとうございました

最初の地下鉄早稲田駅の写真は、何度も何度も乗り降りした駅。
昨日、東京駅からの乗り換えで大手町で降りた時かな、自分の口から思わず「死にたいくらいに憧れた 花の都大東京♪」という、長渕剛の『とんぼ』のフレーズが出てきて苦笑しながら、当時は似た心境だった。

時代の変化も大いにあるけど、私という代を経て、息子二人は東京への憧れを持たなかったことは良かったと思った
二次会まで参加し、夜はなんと、植物療法士の森田敦子さん(豊橋出身の尊敬するお方。検索してみてください)のおうちに泊めていただいた。
経緯を書くとまた長くなるので割愛するけど(森田さんとのバッタリがお互いにスゴイと思っていて、今回の会話の中でそのわけを知る思いだった)、おうちも、森田さんがさりげなく用意してくれていたお夜食も素晴らしくて、ますます大好きと敬意を深めた。
まるっきり『急に具合が悪くなる』の映画のようにお互いの話が止まらなかったけど、森田さんに急にフランスとのオンライン会議が入ったこともあり、自由にくつろいだ後、先に眠った。
翌朝(今朝)ももったいなくて、出発までずっと話していた。
日本風の家なのに洋館のような面もあり、なぜそのおうちに住むようになったかに、桐島洋子さんが関わっていて、その話もおもしろかった。
私が「独身時代に私の田舎に桐島洋子さんが講演に来て、本にサインをいただいたことがある」と伝えたら、森田さんが「桐島さんを渥美に連れて行ったのは私よ!」と笑
その本のタイトル『見えない海に漕ぎ出して』もすらすらと出てきて、あの講演(なぜそんな大物が渥美に来るのか不思議だった)がここにつながるのか!と。
その後、森田さんが羽田空港に移動するのに合わせてオススメの「庭園美術館」に降ろしていただき、ルーシー・リー展を

さらに、ずっと前から、一度は見たかった国立新美術館で、建物だけ見学してきました(建築設計は黒川紀章、シンボルマークは佐藤可士和)。スゴイ!と同時に、私には下りのエスカレーターが絶叫マシーンみたいに恐かった(笑)
と、東京を堪能して、いっぱいお土産や着替えを持って行ったこともあり、荷物がでかく、帰りも重くて、だいぶ疲れて帰ってきた。
しかし!愛しの長男と次男が予定外に帰ってきていたので、夕食を作り(昼ご飯で、二人を焼き肉に連れて行った夫は昼から酔ってまだ寝ている)今に至ります。
やっぱり東京は首都だと思った。
ふいにすごい施設が出てくる。
緑が多く、外国人も多かった。
私の父は、せっかくなら東京へ行け!って感じで、きょうだい3人とも東京の大学に行かせてくれた(自分を犠牲にして)。
あの頃の体験や出会いが今も一生の宝になっている。
親にも友達にも感謝。
そして、あの頃だけじゃない、その後の出会いも本当にありがたいです
