Love the Moment

日原いずみ

「宝ものを見た!」(2006年7月8日のブログ)

 

東京オリンピック マラソン女子】
鈴木亜由子選手 応援投稿① 

15年前、亜由子ちゃんが中3の時の走りを初めて生で見た時のブログです。

 

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 朝から陸上競技場へ出かけ、中学生の市内大会を見学した。

 お目当ては、800メートルの鈴木亜由子選手。昨年の全国大会で800メートルと1500メートルの二冠に輝いた選手だ。

 その存在は、彼女が小学生の頃から知っていた。1000メートルで3分一桁台の記録を出し、地元で「半世紀は破られない記録」と評された。新聞で知って以来、勝手ながら応援している。中学に入ってからは800メートル、1500メートルを専門とし、順調に記録を伸ばしてきた。800メートルは県大会や全国大会では1年生から3年生までが一緒に走る。そんな中、1年生から全国大会に出たことにも驚いたが(全国大会に出場するためには県大会で標準記録を破らなければならない)、2年生で800と1500の二種目を制覇し(2年生での二冠は史上初)、ジュニアオリンピック(大会新で優勝)、全国都道府県対抗女子駅伝区間賞)でも活躍した。

 ずっと、走る姿を生で見たいと思いつつ、子どもの世話に追われ、なかなか出向けなかった。しかし、今年は3年生。進学にあたり、全国からお呼びがかかりそうなので、近くで見られるうちに姿を見たいと思い、日程を調べ出かけたのだ(夫と子供たちは同じ時間、相撲部屋へ行った)。

 ちなみに彼女の中学には陸上部がなく、学校ではバスケットボール部に所属し(バスケでも活躍している)、陸上は市内の陸上クラブの佐藤先生(女性)が指導している。日程は、回り回って佐藤先生本人からお聞きした。突然の電話にも関わらず、気さくに教えてくださった上、「声かけてください」ともおっしゃってくれた。

 競技場に着くと、場内アナウンスの声が響いていた。コースや記録を知らせる独特のリズム。すれ違う選手の汗やエアーサロンパスのにおい。グラウンドの周りの木々や緑・・・。夢中になって走っていた自分の中学時代が肌からよみがえり、思わず泣けそうになった。私たちの頃とは違い、グラウンドが土ではなくタータン(ゴム)になっていて、タイムもデジタルで表示されるようになっていた。こんなでっかい400メートルトラックをよく2周も全力で駆け抜けていたものだ、と昔の自分に感心する。雰囲気を懐かしみながら他の競技を見学しているうちに800メートルの時間が近づいてきた。すると、ひょっこり鈴木選手が現れた。写真や映像でしか見たことがなかったけれど、すぐに分かった。

 「かわいい!」というのが第一印象。私の周りのまばらな観客たちもみんな目で鈴木選手を追っている(写真を撮っている人もいる)。今日は佐藤先生が小学生の県大会で名古屋に出かけているので、ひとりで最終調整をしていた。小柄でかわいらしい印象なのに、走り出すとすぐに圧倒された。「全然違う!」のだ(すごさや格が)。まるで足の下にバネがついているみたいに、ぐんぐんぐんぐん加速していく。そしてまた、その走りに無理や無駄がない。強くてしなやか。もうすでに目が離せなかった。駆け寄って声がかけたかったけれど、本番前はやはり遠慮した。

 そして、待ちに待った、競技開始。大き目の大会だと予選と決勝が行われるが、市内大会なので、タイムレース決勝だった。鈴木選手は最終3組目に登場した。どんな動きも見逃すまいと、私は第一コーナーの一番前(選手以外が入れるギリギリのところ)でじっと見ていた。

 スタート!

 やはり出だしから他の選手と全く違った。私程度の800メートルのイメージだと、1周目全力で走り、余力の続く限りまた全力で2周目を走って、最後の100メートルで残る力を使い切るようにラストスパートする、その中で走りの強弱がどうしても生まれる、という感じだけれど、鈴木選手の場合、最初から最後まで全速力で駆け抜け、すべてにゆるみがないのだ。本人としてはスタート、中間走、ラストスパート、という流れがあるだろうけれど、すべてが別格で本当に速いし強い。ゴールまでハイテンションで駆け抜けた。記録は2分11秒20でぶっちぎりの1位!!(2位は2分23秒台→これだって市内大会だったら十分良い記録)後続は大きく引き離された。この記録がいかにすごいかと言うと、昨年鈴木選手本人が全国優勝した時の記録より速いのだ(単純に割ると、50メートル8秒台)。それを競り合いのない独走状態であっさり作ってしまうすごさ。先月は同じ競技場で2分9秒78の県中学記録を出している。全国の中学記録、2分7秒81にも手が届きそうで、これから行われる県大会や全国大会がとても楽しみだ(23日の東三河総合体育大会も見に行く予定)。

 競技終了後、身支度を終えた鈴木選手に駆け寄って声をかけさせてもらった。近寄るとますますかわいらしい少女だった。色白で小さな顔にえくぼが二つ。迷惑にならないように言葉を選びながら、とにかく伝えたかったのは・・・「感動しました!」

 「私も800をやっていたので、いかにすごい記録かよく分かります。これからもがんばってください!」と伝え、笑顔の亜由子さんに握手してもらった。どさくさに紛れて「本当に素晴らしいです。日本の宝です!」と言ってしまった(本当にそう思う)。

 競技の余韻を楽しみながら、佐藤先生の言葉を思い出していた。

 「相性がいいんですよ。私は短距離の選手だったので、短距離の練習をさせているんですけど、それで3000まで行けます」

 確かに「鈴木選手からすれば、800メートルは短距離走なんだ」と思えるような圧倒的な走りだった。私のような凡人にとって800メートルは長距離だったけれど・・・。一緒に走ってもいないのに、遠ざかっていく鈴木選手の背中が見えるような気がした。ちなみに私の中学時代のベストタイムは2分23秒7(東三河大会で3位だった時)。今日の大会でも2位か3位には入れたのでホッとしたけれど、目の前で見た鈴木選手と2位との差がそのまま当てはまり、改めて驚嘆した。

 他の選手との違いを分かりやすく例えるのなら、鈴木選手はまるで競技場に迷い込んだ野生動物のようだった。野蛮で荒々しいのではなく、どこまでも優雅で美しい。その美しさは、サッカーの日本代表に選ばれた頃の若き中田英寿選手を思い出す。後半周囲がバテても、彼だけは身体の軸がぶれず、いつまでも強く美しく駆け抜けた。

 全くの私見で申し訳ないけれど、鈴木さんは頭も良さそうなので、今後の進路において「陸上だけ」という選択はしない気がする(そんな点でもヒデさんと重なる)。  
 オリンピックも狙えそうなまさにダイヤモンドの原石だけれど、無垢で美しい笑顔のまま、夢あふれる未来を築いていって欲しいなあと(これまた勝手ながら)願っています!!

  

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<追記>

上記は大会当日に書きました。 後日(10日)佐藤先生にお礼の電話を入れたところ、鈴木選手としてはコーチが不在だったこともあり、調整がうまくいかず、納得できない走りだったそうです。あんなに素晴らしかったのに・・・。恐るべしです。これからの活躍を心から祈っています!! 

 

 

 【ブログ転載用追記 2021年7月31日】

上記のブログの3週間後(当時)に、再度豊橋陸上競技場に亜由子ちゃんの走りを観に行きました。レース後に亜由子ちゃんに声をかけたところ、亜由子ちゃんがお父さんを呼んでくださり、お話したところ、お兄さんが検索で私のブログを発見してくださったそうで、家族で読んでくれていました。

その後、場内ですぐにお母さんともお会いし、お母さんは、私の1冊目の小説を読んで私の存在を知ってくださっていて、初対面なのにお互いに手に手を取って涙しました。

以来、鈴木家とのご縁は今も続いています。

中3だった亜由子ちゃんのその後の高校時代、大学時代、社会人時代も追わせてもらい、リオ五輪代表を決めた日本選手権の1万メートル優勝の時も名古屋の競技場で観ていました(2016年6月)。雨のレース後に鈴木家のみなさんと喜び合ったことが懐かしいです。
初マラソン北海道マラソン(2018年8月)はテレビで応援し、後日ご実家で亜由子ちゃんにお会いしました。怪我も重ねながらマラソンまで距離を伸ばし、走り切るだけでもすごいのに、優勝した亜由子ちゃんは神々しく見えました。

今、いろいろを思い出して涙が出ます。

 

世界陸上やオリンピック、駅伝など、その都度の記事も書かせてもらってきたけれど、今回は原点とも言える中学時代と高校時代の記事を二つだけ紹介させてもらいます。

 

1週間後の8月7日、今までもそう願ってきたように、亜由子ちゃんが納得のいく走りができることを祈っています。